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0032-090929 これが建築なのだ その2 自力建設「Do It Ourselves!」

これが建築だ その2 「Do It Ourselves!」

ギャラリーみんたまあでは、

毎週火曜日の夜に

ギャラリー運営会議を開いています。

Dsc_0462_2

「自力建設」という言葉は、

その運営会議のときに

ワイワイ議論をしているときに

よく聞いた言葉です。

私は、あまりなじみのない

言葉だったのですが、

なんとなく語感と語意が

しっくりくる言葉だと思いました。

それもそのはずで、

かつて「むらづくり、まちづくり」の

スローガンとして掲げられていたもの

だったそうです。

そういえば、

その「名護のまちづくり」の活動を

経験したであろうみんたまあメンバーの

先輩ががよく口にしていたなあ。

「具体的な建設行為への市民参加を指すばかりでなく、自らの地域を自らの手で作り上げていく哲学なのである」

とあります。

そして、

自力建設についての10項目、

1. 自力建設は近代主義建築の行き詰まり突破するための肉体的試みである。

2. 自力建設は建築本来の形姿、社会性の二面において根源的な問いかけを計画者に行う。

3. 自力建設による独自の形姿を求めること。自力建設による形姿は近代的工法では生み出せない、素朴な原型を探求することが出発点となる。

4. 材料はできるだけその土地で入手しやすいものを使う。

5. 技術はその土地で普遍化しているもの。機械力よりも手に直結した道具を重視する。

6. 地元の人々を巻き込む仕組みを作ること。工期は無限に延長すること。

7. アマチュアリズム、または市民参加という美名によるローレベルの造形は許されない。

8. 自力建設はその地域の社会的経済的意味を再考せざるを得ない。その問題にぶつかった場合は素直に取り組む事が必要である。

9. 地域を総合的に捉えることで、建築にいろいろな豊かさが与えられる。

10. 自力建設が近代主義建築を乗り越えるための決定的条件は「狂気」である。

いくつかの項目の、

「建築」を「みんたまあ」に置き換えるとギャラリーみんたまあが

めざすものに当てはまる気がします。

とくに、4番目の「独自の形姿を求めること」や、

10番目の「・・・の決定条件は「狂気」である」

なんか、もうそのまんまです。

 

まだ実行に至っていないこともあるけれど、

これがみんたまあの

ロールモデルになるのかもしれませんね。

「狂気」という言葉から、

ふとピンクフロイドPink Floyd

「狂気」’The Dark Side Of The Moon’と

いうアルバムが聞きたくなりました。

→ギャラリーみんたまあ@Web

0026-090919 これが建築なのだ

大竹康市番外地講座 これが建築なのだ
                 OJ会編 TOTO出版

1

名護市の市庁舎は、かなり変わっている。
そして、かなり有名な建築物だ。
(と個人的には思っている)

20090919030

お堅い役所の建物のはずなのだが、
ぱっと見は、何の建物かよくわからない。
少なくとも役所には見えない。

赤と白のブロックの対比が、建築当時は、
市民には、かなり派手なものに見えただろう。
築後30年を過ぎて、
幾分落ち着いてきた感じもするが、
それでも、周囲の建物と比べても、
じゅうぶん奇抜だ。

20090919_hdr

この建物の設計は、象設計集団。
そして、その象設計を束ねていたのが、
大竹康市という人である。

象設計集団

象設計集団が、名護市の創成期に
深いかかわりがあることを
「これが建築なのだ」を読んで知った。

名護での象設計の仕事は、
名護市役所庁舎だけかと思っていたが、
名護市基本構想案や、
21世紀の森公園設計など、
多岐にわたっていて、
名護市のありようの根源的なところを担っていたのだった。

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普段、使われている建物が、
どのような過程を経て
アイデアが練られ、
設計されていくのか、
そして、そこに人々が
どのように関わっていく様子を
知る機会はあまりない。

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建築とは、
出来上がってなんぼという世界なのかもしれない
(素人の思い込みかもしれないが)。
この大竹さん、あるいは象設計集団は、
設計された魅力的な建物の背景にある、
その地域との関わりや、
地域研究の課程が、
建物そのものより、重視しているように思えた。

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文章のあちこちに、
いま一度、名護ややんばるに住む人間として
考えなければならないことが
ちりばめられている。

ギャラリーみんたまあ@Web